乳がんの手術を終え、ICUから一般病棟へ戻ってきました。
左胸は全摘、右胸は部分切除。
手術直後の長い夜については、前の記事に書いています。
この記事では、一般病棟で過ごした時間から、初めて左胸の傷を見たときのこと、退院後の通院、そして仕事へ戻るまでを振り返ります。
これは、あくまで私が手術を受けたときの体験です。
手術の内容や回復の経過、痛みの感じ方は人によって異なると思いますが、これから手術を受ける方の参考になれば幸いです。
一人きりの4人部屋で始まった入院生活
一般病棟で案内されたのは、入院直後にいた部屋とは別の4人部屋でした。
ところが、そこにいたのは私一人だけ。
4人部屋なのに、まさかの貸し切りです。
寂しいとは思いませんでした。
むしろ、ラッキー。
手術を終えたばかりで身体はあちこち痛みます。
そんなときに周りの人へ気を使わず、自分のペースで過ごせるのは、とてもありがたいことでした。
ここからは自分の身体が治る力も必要
手術直後のような激しい痛みは、少しずつ引いていきました。
それでも、ドレーンが刺さっているところには痛みや違和感があります。
左胸と背中もまだ痛むため、横向きで眠ることもできませんでした。
悪いものは、手術で取ってもらえたはず。
ここから先は、傷が治り、身体が回復していくのを待つ時間です。
先生に手術をしてもらったあとは、自分の身体が治ろうとする力と、自分自身の頑張りも必要なんだな。
そう思い、入院中は身体を治すことに集中していました。
ドレーンをポシェットに入れて廊下を歩く
私に今できることは、無理のない範囲で身体を動かすこと。
そう思い、暇さえあれば病棟の廊下を行ったり来たりしていました。
とはいえ、私の姿はなかなかの重装備です。
身体には3本のドレーンがついていました。
歩くときに邪魔にならないよう、ドレーンの袋は病院から貸してもらったポシェットに入れます。
さらに点滴にもつながれていたので、点滴台を手で押しながら歩きました。
廊下の端には雑誌が置かれたコーナーがあり、そこで少し休憩することにしました。
ところが、ほかの患者さんの面会に来ていた方々が、なぜかこちらをやたらと見てきます。
点滴台を押し、ポシェットにドレーンを3つ入れた私の姿が、少し目立っていたのかもしれません。
なんとなく居心地が悪い。
結局、雑誌を読むのは諦め、またひたすら廊下を歩くことにしました。
よし、ここは私の頑張りどころやな
もともと私は、じっとテレビを見て過ごす習慣がありません。
だからといって、ずっとベッドに横になっていたら、体力まで落ちてしまいそうです。
よし。
ここは、私の頑張りどころやな。
そう決めてしまえば、廊下を歩くことも、だんだん自分の日課になっていきました。
それに、どうせ次のご飯の時間までは暇です。
歩いて、休んで、また歩く。
少しずつ身体が回復しているような気がして、気持ちも上向いていきました。
入院中の楽しみは食事
入院中は、時間になれば食事が運ばれてきます。
食事の味も良く、毎回のご飯が楽しみになりました。
なかでも今でも覚えているのが、豚ロース肉のマヨネーズ焼きです。
正確なレシピは分かりません。
けれど、おそらくフライパンにマヨネーズをビームのように絞り、少し醤油を加え、その上で豚肉を焼いたのではないかと思います。
これが、とてもおいしかった。
すっかり気に入り、退院してからも家で時々作るようになりました。
病院で食べた料理が、まさか我が家のメニューに加わるとは思いませんでした。
手術後も、食欲はきちんとありました。
私は、絶対に元気になるんだと思っていました。
そのためには、まず食べることが大事です。
食べて、歩いて、眠る。
そんな単純な毎日を繰り返しているうちに、身体だけでなく、気持ちも少しずつ元気になっていきました。
悪いものは取ってもらえたはず。
あとは傷が治るのを待てばいい。
その頃の私は、そんな晴れやかな気持ちで過ごしていました。
メロンパンと缶コーヒーを買いに購買へ
入院生活にも少し慣れてきた頃、点滴の針が外れ、ずいぶん身軽になりました。
そこで、一人で1階の購買まで行ってみることにしました。
入院してから、病棟以外の場所へ一人で出かけるのは初めてです。
少し自由になったような気がして、ワクワクしました。
購買で買ったのは、メロンパンと缶コーヒー。
それを手に病室へ戻る途中、ナースステーションの前で看護師さんと目が合いました。
私がメロンパンと缶コーヒーを見せると、看護師さんは笑っていました。
つい先日までICUで朝を待ち続けていた私が、一人で購買へ行き、好きなものを買って戻ってくる。
小さなことですが、元気を取り戻しているようで嬉しかったです。
どうしても傷を見ることができなかった
食事はしっかり食べられる。
廊下も何度も歩ける。
身体が回復していくことは嬉しかったのに、どうしてもできないことがありました。
切ったあとの左胸を見ることです。
傷は、時間が経つと自然に身体になじんでいく糸で縫合されていました。
その表面には、左胸全体を覆うほどの透明なシールのようなものが貼られていたそうです。
そうです――というのも、私はそれを自分の目で確認していなかったから。
前開きのパジャマの上から見ても、左側は驚くほどぺったんこです。
左胸がないことは、見るまでもなく分かっていました。
けれど、傷がどんな状態になっているのかを想像すると、怖くてパジャマを開けることができません。
胸がなくなったことは分かっている。
それでも、その現実を自分の目で確かめる覚悟までは、まだできていませんでした。
「傷は、もう見てみたのかな」
手術から3日ほど経った頃、看護師さんに尋ねられました。
「傷は、もう見てみたのかな」
一瞬、ぎくっとしました。
「えっと……まだです」
「そっか」
看護師さんは、それ以上、無理に見るようには言いませんでした。
私が自分の目で傷を見たのは、初めてシャワーの許可が出たときです。
シャワー室で初めて見た左胸
初めてシャワーの許可が出た日、私は一人でシャワー室へ案内されました。
髪は、その少し前に洗ってもらっていたので、頭はスッキリしています。
けれど、胸の傷はまだまだ痛みました。
痛むところをかばいながら、前開きのパジャマをゆっくりと脱いでいきます。
そしてシャワー室に入り、初めて自分の左胸を見ました。
当時の私には、想像していた以上にひどい傷に見えました。
左胸には、横へ大きく、ぐわーっと切られた紫色の傷がありました。
こんなに大きく切られていたんだ。
脈を打つように痛んだのも、寝返りを打てなかったのも当然だと思いました。
左胸は、本当にきれいになくなっています。
悪いものを取ってもらうために必要だったことも分かっています。
それでも、実際に自分の身体を目の前にすると、何も感じないわけではありませんでした。
「こんな見た目になったんだな」
そう思った瞬間、目の奥が少しだけブワッとしました。
声を上げて泣いたわけではありません。
ただ、これが今の私の身体なんだと、初めて現実を目にした瞬間でした。
ないはずの胸を感じる不思議さ
入院中、ベッドに横になっていたときのことです。
ふと、左胸に何かが当たっているような感覚がありました。
けれど、左胸はもうありません。
目で見れば、そこがぺったんこになっていることも分かっています。
それなのに身体は、まだそこに胸があるように感じていました。
ないはずの胸を、確かに感じる。
脳が、手術前の身体をまだ覚えていたのでしょうか。
それとも私自身が、胸を切除したことをまだ受け止めきれていなかったのでしょうか。
痛みとはまた違う、不思議な感覚でした。
3本のドレーンを抜いて退院
一週間の入院生活が終わり、家へ帰る日が来ました。
退院の日、先生に3本のドレーンを抜いてもらいました。
身体に入っている管を抜くのだから、痛いのではないかと身構えていました。
ところが、実際には痛みはありませんでした。
感覚としては、吸盤をポンッと外したような感じ。
「あ、抜けた」
そんな、あっけない終わり方でした。
ドレーンが刺さっているあいだは、痛みや違和感が少しありました。
歩くときには袋をポシェットへ入れ、眠るときにも気を使います。
それがすべてなくなり、ようやく身体が自由になりました。
やれやれ。
これで、やっと家に帰れる。
まだ体液を抜くための通院が必要だった
ドレーンを抜いてもらい、これで終わりだと思っていました。
ところが先生から、退院後もしばらくは病院へ来て、胸に溜まった体液を注射器で抜く必要があると言われました。
せっかく3本のドレーンから解放されたのに、まだ終わりではないのか。
そのときは、軽く絶望しました。
体液を抜く処置の日は、最初からベッドに横になりました。
例によって私は、針や血液を見ると気分が悪くなる可能性があります。
「横になったまま、お願いします」
注射器も処置の様子も見ないようにして、体液を抜いてもらいました。
私の場合、体液を抜く処置に痛みはありませんでした。
痛みにはかなり敏感な私なので、もし痛かったなら、きっと今でも覚えているはずです。
ただし、傷の状態や痛みの感じ方には個人差があると思います。
これは、あくまで私が処置を受けたときの体験です。
退院後は、胸に溜まった体液を抜くため、3回ほど病院へ通ったと思います。
約2週間後、仕事へ戻る
先生からは、
「まだ通院もあるから、無理をせず、もう少し仕事は休もうね」
と言われました。
身体のことを考えれば、当然です。
それでも私は、いつ仕事へ戻れるのかを考えていました。
手術が終われば、治療もすべて終わるのであれば、そこまで焦らなかったかもしれません。
けれど、私の治療はまだ続きます。
この先も、通院や治療のために仕事を休む日が必要になることは分かっていました。
だから、残っている有給休暇は、できるだけ大切に使いたかったのです。
もちろん、長く休んで職場へ迷惑をかけたくないという気持ちもありました。
そして何より、家で病気のことばかり考えているよりも、仕事をしているほうが気が紛れます。
私にとって仕事へ戻ることは、ただ働くことではなく、これまでの日常へ戻ることでもありました。
入院期間と退院後の自宅療養を合わせ、仕事を休んだのは約2週間です。
体液を抜くために通院しながら身体を休ませ、私は仕事へ戻りました。
手術を乗り越えたあとも、治療は続く
この頃の私は、まず手術を乗り越えることに精いっぱいでした。
これから受ける標準治療の内容についても、まだ十分には理解できていません。
悪いものを手術で取ってもらった。
傷も少しずつ治ってきた。
仕事にも戻ることができた。
けれど、乳がんの治療は、まだ始まったばかりでした。
このあと始まった治療についても、別の記事で少しずつお話ししていきたいと思います。



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