2017年。
検査結果を聞くため、仕事が終わってから病院へ向かいました。
時間は夕方6時ごろ。
昼間とは違い、病院はひっそりとしていて、待合室にもほとんど人はいませんでした。
診察までの時間が、とても長く感じました。
何を考えればいいのか分からない。
不安と恐怖だけが、頭の中をぐるぐると回っていました。
やがて名前を呼ばれ、診察室へ入りました。
先生はモニターを見つめながら、静かにこう言いました。
「実はね、がんが見つかりました。」
心の準備をする暇もありませんでした。
「やっぱり…。」
そう思う自分と、
「嘘であってほしい。」
そう願う自分がいました。
「私、がんなの?」
「死ぬの?」
頭の中ではいろいろな言葉が浮かんでいるのに、何も口から出てきません。
目の前が真っ暗になるとは、こういうことなんだと思いました。
先生に気づかれないように涙を拭いました。
でも先生はいつもと変わらない落ち着いた口調で、病気について説明を続けてくださいました。
「左の脇の下に転移があります。」
「がんの大きさは約2センチ。ステージⅡAですね。」
ステージⅡA。
その言葉の重ささえ、この時の私にはよく理解できませんでした。
続いて先生は、
「右側にも約1センチのがんがあります。ただ、脇の下への転移はなさそうです。」
と説明してくださいました。
私は思わず尋ねました。
「左から右へ転移したということですか?」
先生は首を横に振りました。
左右それぞれにできたがんだということでした。
さらに左右でがんの性質が違うことも説明していただきました。
(その後の詳しい検査では、右側のほうが少し悪性度が高いことが分かりました。)
次はマンモトーム検査を行うことになりました。
その時の私は、まだその検査がどんな意味を持つのか知りませんでした。
治療方針を決めるための、大切な検査だったのです。
診察室を出ると、張りつめていた気持ちが一気にあふれ出しました。
会計を待ちながら、涙が止まりませんでした。
でも、そのまま泣いているだけではいられませんでした。
私は保険会社へ電話をかけました。
「がんと告知された場合、保険料は免除になりますか。」
「入院や手術になったら、保険金の請求方法を教えてください。」
今思えば、自分でも少し不思議です。
あんなに絶望していたのに、私は必死にこれから生きていくための準備を始めていました。
そのあと、娘にも電話をしました。
「がんだった。」
そう伝えると、娘は少し驚いたあと、落ち着いた声で言いました。
「そっか。なら、すぐに手術してもらって治すしかないな。」
その一言で、不思議と少しだけ心が落ち着きました。
もちろん、不安がなくなったわけではありません。
それでも、「治療を受けて前へ進むしかない。」
そう思えた最初の瞬間だった気がします。
あの頃の私は、本当に必死でした。
病気のこと、お金のこと、娘のこと…。
生きるための方法を、一つひとつ探していました。
今、この文章を書いている私は、あの日から何年も経ちました。
あの頃を思い出すと、今でも涙が出ることがあります。
でも、その涙は絶望の涙ではありません。
希望の涙です。
「あの時の私、本当によく頑張った。」
そう思える涙です。
私は、絶望に負けませんでした。
乗り越えることができました。
そして今、こうして自分の経験を誰かに伝えられる日が来ました。
ここまで歩いてこられたこと。
支えてくださったすべての人たち。
そして、生きている今、この瞬間に。
心から、ありがとうと思っています。


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