乳がんの治療がひと段落して、生活も気持ちも少し落ち着いてきたころ。
それまで通っていた歯医者さんを卒業して、
「今度は近くの、優しそうな歯医者さんに行くべ」
と、新しい歯医者さんに通い始めました。
そこでレントゲンを撮ってもらったときのこと。
先生から思いがけないことを言われました。
下の親知らずが横向きに生えていて、その近くにある太い血管に刺さると危ないから、抜いたほうがいいというのです。
私はそれまで痛みもなく、自分に親知らずがあることすら知りませんでした。
翌日、会社でその話をしたら、
「普通、もっと早く分かるんじゃないの?」
と言われました。
……私もそう思う。前の歯医者さんにずっと通ってなかったら…と思うと怖くなります。
【親知らずを抜くなら、あの先生】
新しい歯医者さんから、
「どこの病院に行かれますか?」
と聞かれました。
そのとき、私の頭に浮かんだ先生がいました。
乳がんの手術前に口腔外科で診てもらった、あの先生です。
ロン毛でダンディー。
言うことはズバズバ。
口の中はグイグイ。
癖は、かなり強め。
でも、なんやかんや言って、私はあの先生のことを覚えていました。
「〇〇病院の口腔外科にしようかな」
と話したところ、新しい歯医者さんが言いました。
「あの先生、知っていますよ。私も親知らずを抜いてもらいました」
それを聞いた瞬間、決まりました。
「じゃあ、あの先生にしよう」
優しい先生だったかと聞かれたら、たぶん私は、
「いや、優しくはない」
と答えます🤣
でも、腕はいい。
私はそう思っていました。
【数年ぶりに会っても、先生は先生だった】
数年ぶりに会った先生は、相変わらずでした。
口の中を押されて痛い。
姿勢の話もされる。
そしてまた、
「このままだと、いつか必ずうつ病になるよ!」
先生、それ乳がんの手術前にも聞きました。
数年ぶりに会っても、先生は先生でした。
「わたしゃ、脅されているんか」
と思いながらも、言われたことは割と素直にやる私。
脅されると弱いのです。
【「48歳は大変。それでもやりますか?」】
口腔外科の受付では、こんなことを言われました。
「48歳というのは骨が硬くなっていて、親知らずを抜くのは大変です。特に下の親知らずは難しい。それでもやりますか?」
そんな話は聞いていなかったので、ちょっと焦りました。
でも、
「じゃあ、やめます」
とは思いませんでした。
横向きに生えていて、近くの太い血管に刺さると危ないと聞いてしまった以上、私は抜いてほしかったのです。
しかも、抜くのは下の親知らず2本。
「1か月くらい空けて、一本ずつ抜く?」
という選択肢もありました。
でも私は、一回で終わらせることにしました。
だって、こんなの二回もやるの、めんどいやん。
どうせやるなら、一気に終わらせたい。
この選択が後に何をもたらすのか、このときの私はまだ知りません。
【下の親知らず2本、一気に抜歯】
日帰りではなく、一日入院を選びました。
手術では点滴につながれ、先生、歯科衛生士さん、看護師さんの三人がかり。
台は普通の歯医者さんにあるような診療台でした。
私は普段の歯医者さんでも治療中は目を閉じるタイプなので、このときもずっと目を閉じていました。
意識はあります。
そして手術中、なぜか私が気にしていたのが、
「私、口が小さいからやりにくいやろなあ……申し訳ないなあ」
ということ。
いや、今考えれば、そこは患者の私が心配するところではありません😀
途中、
「ゴリッ」
という音と振動が伝わってきました。
歯と骨の境目がどうにかなったんだろうな、という、なんとも言えない感覚。
痛みは麻酔のおかげで強くありませんでした。骨が硬いと言われているだけあって、親知らずを砕くのも、取り除くのも、とても大変そうでした。
そして――
下の親知らず、左右2本。
一気にクリアー。
終わった瞬間の清々しさといったら、もう。
エンディングを迎えたような気分でした。
「終わったーーー!」
あとは治るだけ。
……と、このときの私は思っています。
【麻酔が切れたら、エンディングではなかった】
しばらくすると麻酔が切れてきました。
「あれ?」
なんだか、すごく痛い。
ズキッと一瞬痛むというより、両方の奥歯にズーンと響くような鈍い痛みでした。
右も痛い。
左も痛い。
それなのに、
「ちゃんと噛んで食べてください」
と言われています。
どこで噛めというのでしょう。
病院の夕食は、シュウマイをミキサーにかけたようなものや、すりおろしたきゅうりのサラダのようなもの、牛乳など。
味はおいしかった記憶があります。
でも噛むたびに両方の奥に響く。
結局、半分も食べられませんでした。いやむしろ、痛みさえなければ全部食べたかった。
【あんなに厳しい先生が】
抜歯をした日の夕方だったと思います。
先生が病室に来ました。
そのとき、
「あなた、すごいよ。よくがんばった」
と言われました。
私は一瞬、
「え?」
と思いました。
あんなに厳しい先生が、そこは褒めてくれるんだ。
ちょっと意外でした。
そして先生から、
「12月には定年なんだよネ」
と聞きました。そして、続投はせずにお辞めになるそうです。
それを聞いたとき、私は少し寂しくなりました。そっか。先生が居てくれて良かったな。
【1週間後の抜糸で、噛んでいないことがバレる】
抜歯から1週間後。
抜糸のために、もう一度病院へ行きました。
そこで歯科衛生士さんに、
「ちゃんと噛んで食べていないでしょう」
ということを見抜かれてしまいました。
どうやら、歯茎が全然盛り上がっていなかったらしいのです。
そりゃそうです。
両方の奥が痛くて、私はほとんど噛まずに過ごしていました。
そして歯科衛生士さんから、
「このままだと1か月後に化膿して、点滴をしなければいけなくなるよ」
と言われました。しかも、なかなか強い口調で。
私の心の中は、
「こんなに痛いの、絶対分からんやろコイツ」
です。
食べたくないわけじゃありません。
むしろ食べたい。
でも、痛くて噛めないのです。
先生は、そのことについて特に何も言いませんでした。
抜糸を終え、治療はいったんここで終了。
つまりここからは、自分でなんとかするしかありません。
【ラスボスなのに必殺技が使えない】
退院してからも痛みは続きました。
会社にも行きましたが、口を動かすのもつらく、電話ではお客さんに事情を説明することもありました。
食事は、ほとんどお粥。
食べれば、抜いたところにご飯粒が入り込む。
柔らかくて毛の細い歯ブラシを使って、そっと取り除きました。
痛みが強い日はロキソニンにも、かなり助けられました。
ロキソニンがなかったら、もう死んでたかもしれん🤣
冗談抜きで、薬の効果が切れるたびに、ロキソニンを飲んでいました。
あの1か月をゲームに例えるなら、
ラスボスを目の前にして、必殺技が使えない。
そんな感じです。
派手な一撃で終わらせる方法はありません。
痛み止めを飲む。
食べられるものを食べる。
食後は傷のところをきれいにする。
今日も通常攻撃。
明日も通常攻撃。
自力で少しずつ乗り越えるしかありませんでした。
【「1か月もしたら治るやろ」】
誰かに言われたわけではありません。
私は勝手に、
「まあ、1か月もしたら治るやろ」
と思っていました。
実際、そのくらい経ったころから痛みは落ち着いていきました。
心配していた高熱も出ませんでした。
ほとんどお粥だった食生活も、ようやく終了。
普通に噛めるようになったら、何が食べたいか。
決まっています。
肉です。
焼肉です。
お粥生活を乗り越えたあとの肉。
ちゃんと噛める。
痛くない。
長ーい夜が明けて、通常攻撃の日々も、ようやく終了しました。
【優しくはない。でも、忘れられない先生】
乳がんの手術前に初めて会ったときには、
「何しに口腔外科へ来たんや」
と思っていた私。
口の中をグイグイ押されて、
「痛ーい、何をするんだよ」
とも思いました。
それなのに数年後、親知らずを抜くことになったとき、私が思い出したのはあの先生でした。
新しく通い始めた歯医者さんから、
「私もあの先生に親知らずを抜いてもらいました」
と聞いたときには、迷わず先生のところへ行くことにしました。
今思えば、思ったことをかなり率直に口にする先生だったのかもしれません。
優しい先生だったかと聞かれれば、
いや、優しくはない🤣
でも、私は先生の腕を信頼していました。
だから「12月には定年」と聞いたとき、少し寂しかったのだと思います。
濃い人って、忘れないものですね。
今でも、あの先生のことはよく覚えています。
ただし――
口の中をグイグイされるのは、もう二度とごめんです。🤣
この先生と初めて会ったのは、乳がんの手術前でした。
「なんで乳がんの手術前に口腔外科?」と思っていた私に、待っていたのは口を開ける練習と、あの痛〜いグイグイ。
まさか数年後、自分からこの先生のところへ戻ってくるとは思ってもいませんでした🤣
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