乳がんの生存率を何度も検索した|クリックしても不安は消えなかった

乳がん

乳がんと告知されたあと、私は何度も「乳がん 生存率」と検索しました。

数字を見れば安心できると思っていたのかもしれません。
でも、何度調べても不安は消えませんでした。

「自分が残りの数%に入ったら?」
「この先、体が動かなくなったら?」

怖くなるのに、またクリックする。
何かをせずにはいられなかった私にとって、あの頃できたことが「検索すること」だったんだと思います。

あれから8年。
今振り返ると、数字は私の未来を教えてはくれなかったし、クリックしても未来の景色は切り開けませんでした。

それでも、あの時はそれで仕方なかった。
この記事では、乳がんの生存率を何度も検索し続けた告知後の私の気持ちと、そこから少しずつ現実を受け止めていった過程を書きます。

乳がんと告知されて、まず調べたこと

乳がんと告知されたあと、
いつも頭にあったのは、

「私は、いつまで生きられるんだろう」

ということでした。

すぐそこに死が潜んでいるかもしれない。

自分の体が、どんどん悪いものに侵略されて、
いつか動けなくなるんじゃないか。

そんな恐怖がありました。

私は、美味しいものを食べたり、
気晴らしに出かけたりするのが好きです。

神社に参拝したり、
道の駅に寄ったり、
そこで美味しいものを食べたり。

そんな、今まで普通にしていたことが
できなくなるかもしれない。

それが怖かった。

でも、ただ怖い怖いと言いながら、
何もしないでいることは私にはできませんでした。

何かしなきゃ。

何かできることはないのか。

そう思っても、
自分でがんを取り除くことはできません。

治療が始まるのを待つしかない。

その時の私にできたのが、

「調べること」

でした。

ひたすら検索しました。

「乳がん」と打ち込むと、
「検診」「ステージ」と続き――

その先で目に入った言葉が、

「生存率」

でした。

取り憑かれたように「生存率」をクリックした

自分がどのくらいの確率で生きられるのか。

それが分かれば安心できる。

……なんて、そんなに冷静だったわけではありません。

ただ、クリックする。

また調べる。

同じようなページを何度も見る。

何かをせずにはいられなかったんだと思います。

生存率の数字を見ても、
私の不安は消えませんでした。

「じゃあ私は、どっちに入るの?」

結局そこなんです。

たとえ多くの人が生存しているという数字を見ても、
自分がその中のどこにいるのかは分かりません。

残りの側に自分が入ったら?

そんな考えが頭から離れませんでした。

数字を見ても、私の未来は分からなかった

生存率について調べていくうちに、
それが多くの人のデータから算出された統計であることも知りました。

生存率は、ある集団について算出された平均的・確率的なデータで、
一人ひとりの未来をそのまま示すものではありません。

また「生存率」は、
「再発しなかった人の割合」という意味でもありません。

でも当時の私は、
そんなことを冷静に理解して安心できる状態ではありませんでした。

「こんな数字を見たって、私に当てはまるかどうか分からない」

そう思う。

それなのに、また見る。

夜中だけではありません。

仕事中でもパソコンで何度も検索していました。

同じ生存率の記事を開いて、
同じような数字を見ているのに、
不安は全然消えてくれませんでした。

あのデータを見て安心する人っているんですかね?

少なくとも、あの時の私は無理でした。

HER2陽性、再発、転移……見たくない言葉ばかり追っていた

それに加えて、

「再発したらどうしよう」

という恐怖もありました。

私はHER2陽性といわれるタイプでした。

HER2陽性と分かったときのことや、その後の治療については、こちらの記事にも書いています。

HER2について検索すると、
当時の私の目には、
「悪性度が高い」
という言葉ばかり飛び込んできました。

悪性度が高い。

また、悪性度が高い。

やんなる。

「再発」
「転移」

見たくもない言葉なのに、
なぜかそればかり追ってしまう。

知れば安心できると思っていたのか。

それとも、
何かをしていないと怖かっただけなのか。

たぶん、両方あったんだと思います。

私の未来は、クリックでは切り開けなかった

クリックすれば、
その先に何か答えがあるような気がしていたのかもしれません。

生存率。

HER2。

再発率。

転移。

次のページ。
また次のページ。

でも、どれだけ調べても、
現実は何も変わりませんでした。

数字は確定ではない。

その数字の中のどこに自分がいるのかも分からない。

次のページをクリックしても、
その次のページをクリックしても、

私がこれから見る景色までは
どこにも書いてありませんでした。

私の未来は、
クリックでは切り開けなかったんです。

あの検索は、現実逃避でもあったのかもしれない

今振り返れば、
あれは少し現実逃避でもあったのかもしれません。

目の前には、

「私は乳がんになった」

という現実がある。

これから検査をして、
手術をして、
治療をしていかなければならない。

でも告知されたばかりの私は、
その現実をまだ自分の中に落とし込むことができませんでした。

ただ怖い。

でも、じっとしていられない。

だから検索する。

調べて怖くなって、
また調べる。

あの頃の私は、
ずっと闇の中にいたんだと思います。

あの時は、それで仕方なかった

今の私なら分かります。

あれだけ検索しても、
現実は何も変わりませんでした。

だからといって、

「検索なんてしなければよかった」

とも思いません。

あの時は、それで仕方なかったんだと思います。

乳がんと告知されたばかりで、
自分の身に起きたことさえ
まだうまく受け止められていなかった。

そんな時に、

「前向きにならなきゃ」

「不安を乗り越えなきゃ」

なんて、無理に思わなくてもよかった。

怖くて、
何かをせずにはいられなくて、
私は検索していた。

それが、あの時の私だったんです。

「今できること」を考えられたのは、もう少し後だった

少しずつ現実を自分の中に落とし込めるようになってから、
ようやく考えられるようになりました。

自分でがんを治すことはできない。

未来を確定させることもできない。

だったら、

お医者さんを信じて、
目の前の治療をひとつずつやっていこう。

それが今の私にできることなんだ、と。

そう思えるようになったのは、
告知された直後ではありません。

怖くて検索し続けていた時間も通って、
少しずつ、そこへたどり着きました。

あれから8年が経ちました

あれから8年が経ちました。

あのとき不安で、
生存率を何度も検索していた私が、
今こうしてこの記事を書いています。

当時の私がクリックしても見つけられなかった、
8年後の景色です。

今も私は、
美味しいものを食べます。

気晴らしに出かけます。

神社へ行ったり、
道の駅をのぞいたり、
そこで美味しいものを見つけたりします。

告知された頃の私が、
できなくなるかもしれないと怖がっていたことを、
今もしています。

もちろん、
だからといって誰かの未来に
「大丈夫」と言うことはできません。

私自身の未来だって、
これからどうなるかは分かりません。

生存率は統計です。

数字は、
一人ひとりの未来を決めるものではありません。

もし今、
告知されたばかりで、
怖くて何度も検索している人がいたら。

無理に今すぐ乗り越えなくてもいい。

私にも、
何を見ても安心できず、
ただ検索することしかできなかった時間がありました。

あなたの未来も、
まだ誰にも分かりません。

そして私の未来も、
まだ途中です。

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