44歳で乳がんと診断されたとき、私は「なんで私なんだろう」と何度も思いました。
あれから約10年。
当時は想像もできなかった今の気持ちを、今日は書いてみようと思います。
病院へ行くと、若い人もたまにはいましたが、ほとんどがおばあちゃん世代の方たち。
「なんで私なんだろう。早すぎない?」
「もう少し年齢を重ねてからなら受け入れられたのかな。」
そんなことを何度も考えていました。
ある日、病院で一人の女性が声をかけてくださいました。
「乳がんの患者さん同士で悩みを話す会があるよ。一度来てみない?」
とても親切な方でした。
その方も、おそらく私より5〜6歳ほど年上だったと思います。
結局、その集まりには参加しませんでした。
それは何故か?その時はまだ、私自身全然病気を受け入れてはいなかったからです。本当に癌なの?といつも考えていました。同じような悩みを持つ同士が集まって話をする。今考えればすごくありがたいお誘いでしたが、私にはそこに行く勇気はありませんでした。理由はもう一つ。参加されている方も年上の方が多いような気がしたからです。
今思えば、年齢は関係なかったのかもしれません。
でも44歳だった私は、こんなに早く乳がんという、もしかしたら長生きできないかもしれない病気になった自分がどうしても惨めだった。
「どうして私だけこんなことになってしまったの。」
「これからの人生、どうなってしまうんだろう。」
当時の私は、本気でこんなことを考えていました。
「私は何か悪いことをしたのだろうか。」
「だからバチが当たって病気になってしまったのかな。」
今振り返ると、不思議な考え方だと思います。
でも、病気を受け入れられなかった私は、理由を探さずにはいられませんでした。
「何か原因があったはず。」
そう思いたかったのです。
それから時間が経ち、少しずつ心が落ち着いてきた頃、ふとこんなことを思いました。
「この考え方は違う。」
もし「悪いことをしたから病気になる」のだとしたら、生まれつき病気を抱えている子どもたちはどうなるのだろう。
小さな子どもたちが、何か悪いことをしたというのだろうか。
そんなはずはありません。
病気には理由が分からないこともあります。
だから私は、「病気になった理由」を探すことをやめました。
その代わりに、
「この経験から私は何を学べるだろう。」
そう考えるようになりました。
当時の私は、自分だけ取り残されたような気持ちだったのだと思います。毎日暗闇の中にポツンと取り残された絶望を感じていました。
そして治療が始まると、失ったものばかりに目が向いていました。
左の乳房。
未来の希望。
普通の日常。
そして、私にとって地味につらかったのは、長く続いたホットフラッシュでした。
一日だけ頑張れば終わるものではなく、毎日少しずつ続く不調。
派手な症状ではないからこそ、じわじわと心にも影響していたように思います。
でも、約10年が経った今、振り返ると、病気を経験したからこそ手に入れたものもありました。
以前より、メンタルが少し強くなりました。
「まあいいや。」
「なんとかなる。」
そう思えることが増えました。
一度「死」を意識したからこそ、時間の大切さも学びました。
「いつかやろう」ではなく、「やってみよう」。
そう思えるようになり、ブログを始めたり、新しいことに挑戦したりするようになりました。
そして、自分の体を大切にするようにもなりました。
ストレスをため込まないこと。
睡眠をしっかりとること。
無理をしすぎないこと。
若い頃は当たり前だと思っていた健康は、決して当たり前ではなかったのだと気づきました。
もう一つ、大きく変わったことがあります。
それは、人への感謝です。
家族や友人だけではありません。
治療法を研究してくださった方。
薬を開発してくださった方。
病院で支えてくださった医療スタッフの皆さん。
名前も知らないたくさんの方々のおかげで、私は今こうして毎日を過ごせています。
私は、一人で生きているのではない。
そう思えるようになりました。
もちろん、病気になりたい人なんて一人もいません。
もし病気になる前に戻れるなら、私は迷わず健康な人生を選びます。
それでも今の私は、あの経験から得たものも確かにあったと言えます。
あの頃の私は、今のような気持ちを味わえる日が来るなんて、1ミリも想像していませんでした。
でも今は、長い長い山登りを続けてきて、ようやく山頂が見えてきたような気持ちです。
あと1年半ほど通院は続くと思います。
その先のことは分かりません。
それでも、不思議と焦りはありません。
毎日を心穏やかに過ごせること。
笑顔でいられる日が増えたこと。
それが今は、素直に嬉しいです。
当時、私はひたすら治療を終えた人の記事を探していました。でもなかなか見つけられませんでした。
だから。
今度は私が10年後の景色を書いて誰かに読んでほしい。
もし今、44歳だった頃の私と同じように、
「なんで私なんだろう。」
そう思いながら治療を頑張っている方がいたら、伝えたいことがあります。
今は信じられなくても大丈夫です。
私も、あの頃はこんな日が来るなんて想像もしていませんでした。
時間は、すべてを忘れさせてくれるわけではありません。
でも、少しずつ心を癒やし、新しい景色を見せてくれることがあります。
いつか振り返ったとき、
「あの経験から手に入れたものもあった。」
そう思える日が来ることを、心から願っています。

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