トレミフェンをずっと飲んできて副作用だと思うこと(2025.7.17)② なのに不測の事態が

さてトレミフェンからアナストロゾールに変わり、数ヶ月後。

やはり思った通り、ALT/ASTの数値がメキメキと改善しました。余裕で30より下回る数値にまで下がった日、私は心の中ですっごいガッツポーズを取っていました。

気の弱い私は、副作用の件で、お医者さんに強く質問や詰め寄ったりは出来ませんでした。

お医者さんも、良かれと思って(標準治療は最善治療だと思いますし)お薬を処方してくださっているので、それを意見出来なくて、ずっとモヤモヤしています。

ある日ふと。

パンツに赤いものが。

もうすでに5年は生理がない状態でしたから、これは一体なんの出血なんだろうと考えていたら。

出血がどんどん増えてきました。慌ててずっと使わずに取っておいた生理用ナプキンを取り出してみるも、何回変えても血がドバドバ出てきます。

これが、トレミフェンからアナストロゾールに変えた副作用。

アナストロゾールにも副作用があったのです!!!

そんなことに気づかない私は、まだこの間病院に行ってきたばかりだし、様子を見ていけばいっかなーんて思ってしまいました。

そして、次の診察までに月のものは順調(?)に来まして、先生に報告。

そしたら、生理が来てしまうと、アナストロゾールは効かなくなるんですって。

は???またトレミフェンを飲まなきゃいけないの?

その時のガッカリな気持ちと言ったら…

それからは、またトレミフェンに逆戻り。

あーこれはついてない。信じられない。流石に腹が立ってきました。

まーた、肝機能が悪くなってしまうでしょ。

再発のリスクを減らすために、別のリスクを取らなきゃいけないなんて。

早く、トレイフェンを止めたい。今でも毎日そう思っています。

病気になると言うことは、薬の副作用との闘いでもあるんだなって思うようになりました。

乳がんの治療は10年ほどと聞きます。

あと、1年と数ヶ月、なんとしても乗り越えて行かないとなあと思いました。

トレミフェンをずっと飲んできて副作用だと思うこと(2025.7.17)①

今日は、12週間ぶりに、病院に行って参りました。

12週間と言うのは、お薬が最大90日分しか処方出来ないからみたいで、それ以上間が空くと、お薬切れを起こします。

毎回通院時は採血をしてもらい、今日は骨密度も測っていただきました。

毎年、一度必ず行う検査の内容は決まっているようですが

今回の検査はこれだけ。

血液検査は、私は採血が超苦手で、いつも横にさせて頂いています 看護師さん、毎回ごめんなさい💦

そしてありがとうございます。おかげでいつも気分が悪くなることもなく、助かっています。

血液検査の内容は、一般的な健康診断でも見る一時間程で結果が分かる項目もあれば、外注の項目もあって

例えば腫瘍マーカーは、次回の通院で結果は教えて貰えるそうです(また12週間後)

なので、特に異常が無ければ経過観察になるみたいです。 

一年を通しての動きは

①病院に着く

②採血

③エコーやCTで検査(その時による)

④診察 次回予約 投薬の確認

⑤会計

のやり取りを、12週間置きに繰り返す

になっていまして、それこそ最初の2年くらいは治療で大変でしたが、今は落ち着いている状態です。

投薬は、トレミフェンと、頭痛持ちなのでロキソニン、不眠の日がたまにあるので、眠剤です。(ゾルビデム)最近は(デエビゴ)に変わりました。この二つのお薬のことも別で書きますね。

トレミフェンとはホルモン療法薬で、私の腫瘍のタイプがエストロゲン(女性ホルモン)受容性乳がんなので、それを毎朝飲んでいるというお薬です

薬なので副作用としては

・悪心・嘔吐 

・倦怠感

・発汗

・めまい

・性器出血や不正出血

・鬱症状

・脱毛

・肝機能障害

・血圧上昇

・コレステロール上昇

などがあるそうです

私が今一番嫌だなーと思うのが、肝機能障害で投薬が長期化しているおかげで脂肪肝になっているんですね。

なかなか、お薬の副作用だと証明することは出来ないんですけど

トレミフェンを飲み続けて5年経過

血液検査でALT/ASTの数値が基準値を逸脱した100ほどになり(脂肪肝になっている)

(基準は両方とも30位まで)放っておくと肝硬変や肝臓がんのリスクがあると言うことです。なんだか恐ろしくなりませんか。お医者さん曰く、このALT/ASTの数値が高い状態が10年以上続くと肝硬変と肝臓がんのリスクが高いんだよっておっしゃいました。

この脂肪肝はトレミフェンのせいじゃないか。とずっと思っています。

なぜかと言うと、私は体型的に決して細身ではありませんが、甘い物をそんなに食べないし、お酒は全然飲めないし、トレミフェンを飲み始めるまではずっと、ALT/ASTの数値は両方とも15くらいでした。なので、急にそんな数値になる理由が他に浮かばないんです。

このままずっと、お薬を飲み続けて大丈夫なんだろうかと常に思うようになりました。

女性ホルモンを抑えれば絶対に再発しないのかというとそうではないです。

トレミフェンを飲み続けることによっていつか肝臓がんになってしまったら。

私はなんの為にわざわざ毎朝トレミフェンを飲まなくてはいけないのだろう。

めちゃめちゃ悩みました。

そんな時に、ある日転機が訪れました。

閉経を迎えたということで、お薬が変わったのです。

数年前に手術を乗り越え、抗がん剤を投薬した時期。私の生理はそこからずっと止まっていました。

ずっと生理が無い状態で過ごしていたのと、更年期障害の症状が少なからずずっとあったので、いつ閉経が来るのかなってずっと思っていました。

そしたら。

ある診察の日。お医者さんに閉経だから、お薬変えるねって言われました。

アナストロゾールってお薬なんですけども、それに切り替わりました。

もし、このお薬に変更されたおかげで、肝機能が良くなったらいいな。

②に続きます。

入院 手術の前日 いよいよ手術へ

それから二週間ほど経ち手術日の前日に入院ということで、身支度をして来院。

入院っていうと、20ウン年前に出産をした時以来。病気という病気は初めてのこと。

自分の車で運転して来てはいけないということで、娘に連れてきてもらいました。

一週間も何もしなくても良い日が出来てしまった😃

病院の食事も思ったよりずっと美味しい。

なんて呑気な夜を過ごしている頃、主治医の先生が様子を見にきて再度エコーで胸の様子を見ましょうかと左胸の全摘をするにあたって最後に確認をしてくださいました。

…と言っても、がん細胞は乳頭の近くにあり、やはり全摘でないと取りきれないという結論にはなりました。

でも。

先生ありがとうございます。私覚悟は出来ているし、もう治すことしか考えていません。

時折思う死の恐怖が、頭の中をぐるぐると回るけれども。

白い部屋に白いベッドで消灯の時間を迎えた時、ものすごく静かな気持ちになった。

そして迎えた手術の日。ちょっと記憶が曖昧だけれど(なにせ8年も前のことですので💦)

朝から絶食からのお昼には手術用の針を刺すとかで(ルートを取る)看護師さんが来ました。

針が太いから痛いけどごめんねって言われて、ギョエーと思っていたらやっぱりびっくりするほど痛くてつい『イタタタタ』と言ってしまいました。

後から娘に聞いた話、私があまりに痛いと騒ぐので、看護師さんが焦って針を刺した部分からしばらく血が小さく噴水みたいになっていたとか。ごめんなさい。

なんとか無事にルート確保を済ませた私は、いよいよ手術室へ。

イメージとしては、ストレッチャーに乗せられて行くものだと思っていましたが、

手術室まで案内をしてくださる看護師さんがいて、歩いて向かうのでした。

そしていよいよ手術への心の準備

それからは、胸部・腹部CTと骨シンチグラフィを受け、全身にガンが広がったりはしていないか調べ手術に向けて動いていきました。

骨シンチというのは、造影剤とはまた別の薬剤を血管から入れて、全身の骨にがん細胞がないか調べる検査です。検査結果の時、自分の全身の骸骨を見せてもらえます。この検査は、毎年一回受けていますので、詳しいことは次回の検査が行われたら記事にしていきたいです。

全身を見た限り異常はなく、最初の診断のステージⅡaから変わらず安心はしました。左胸のガンは場所的に乳頭に近かったので全摘となりました 私は両側乳がんですので、右も部分切除となり同時に行われる事に。

全摘ってことは、

大衆浴場ももう行けなくなるのか。。。

銭湯や温泉が昔から大好きで。時間があれば岩盤浴もたまに行っていました。

がんのせいで、形が歪んでみっともないけれど、そんな状態でも無いよりはいいなあ。もう大浴場に行けないと思うと自分がみんなとちょっと違うことに寂しさを感じました

しかし、生きるために取ってしまうしかない。家族のためにも。

こうなったら、最後にもう一度銭湯に行って後悔しないようにしよう。

車で30分程の銭湯に行ってきました。近所の銭湯だともしかしたら、知り合いに会っちゃうかもしれないし。

ホッとくつろぐ時間は格別でした☺️

露天風呂にも入り、当時は1月だったので、雪もチラチラ降ってきて…

なんだか景色の美しさに感動してしまった。思わず泣けてきた。

と同時にもう少しで失うであろう乳頭の形が歪んでしまっている胸を見つめて。

こうやって当たり前に銭湯に入れるのって幸せだったんだなあ。

なんとも言えない気持ちになってきた。

運命を天に任せているような不思議な気持ち。

でも、今まで生きてきて全てのこと自分で選択してきたはず。

手術を受ける。これが結果。