マンモトーム検査

MRIで、左だけでなく右にも見つかってしまった悪い物

まじですか。

この検査痛そうだよ。

AIには、局所麻酔下で吸引機能付きの約4mmの太い針を使い、乳房の腫瘍や微細石灰化組織を多量に採取する「吸引式乳房組織生検です。メスを使わず縫合が不要で、細胞診やバネ式針生検(CNB)よりも確実な確定診断が可能。外来で約10〜30分で完了し、傷跡もほとんど残らない検査です。って書いてあったよ。

最初胸に麻酔を打つところから始まります。

麻酔を打つだけで痛いやん。

歯を抜いたことがある方はご存知だと思いますが、歯を抜くときの麻酔も、麻酔を打つ時がめちゃ痛いですよね。

胸って、痛覚多いんか?

痛いよ、怖いよ・・・

恐怖心のせいで、気を失いそうになってしまい一回目は中断。 

日を改めて行うことになってしまった。

私、昔から採血したりとか、怪我で流血して、それを見てしまった瞬間とか、気が遠のくことがよくあるんです。この時も

気分が悪くなってしまいました。

私が100%悪いです。その分治療が遅くなってしまう。

先生には、申し訳ないやら恥ずかしいやら。

本当にすみません。これを通過しないと先には進めないと思い、二回目は痛みに耐えながらなんとか終了。

麻酔してあったって、細い管を刺して、細胞をえぐり取る瞬間は痛かったです。シカっとします。

でも、終わった瞬間の爽快感。良かった。一つ乗り越えた(←大袈裟)笑

告知の記事とマンモトーム生検の時系列がもしかしたら逆かもしれません。ごめんなさい。私の記憶力の無さが原因です。

会社へ報告

次の日、丁度会社の事務所で上司や同僚が集まっていたので、病状を報告しました。

みんな驚いてはいたけど、思ったよりはすんなり受け入れて貰えてホッとしました😌

それで昨夜お医者さんに(心配して言ってくださったと思う)『仕事は辞めないほうがいいよ、ショックを受けていきなり仕事を辞めてしまう人が昔居たけど、それはお勧めしないよ』

と言われたことも伝え、仕事は続けたい、ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします。と言うことも伝え、改めてこれからも頑張ろうと思いました。 

本当にみなさんにはお世話になってしまう、でも今は治すことを考えなくては。。。

上司の奥様も同じ病気で2.3年くらい治療をしてみえて、苦労や心配をされている。多分私の気持ちも少しはわかっていただけたんだろうな。

よかった とりあえず🥺

と思っていたら、さらに次の日、今度は業務部長から呼び出されていきなり言われたのは

『で、どうするの?会社は辞めるの?』という心無い言葉。

いや、私は上司にちゃんと辞める意思がないと伝えましたけど。

病気になると思うのは、健康な人の中には病気の人を思いやれない人がいるんだな。

その思いをそれから時々感じることになりました。

こんな事で負けてはいられないな。

冷静にならねば。

と思い、『いえ、会社は辞めません。続けます。よろしくお願いします。』

組織なんて、所詮無機質だもの。それなら私だって、利用出来るところはする。

MRI検査

乳がんのMRI検査は、うつ伏せで行われました。

うつ伏せに寝ると胸の部分は何もない状態で胸を宙吊りにする感じです。

検査の音がうるさいからって、イヤホンを装着させられました。

確かに、妙にリズミカルでもあり、今まで聞いたことのない変な音がします。

『音楽は、なんでもいいかな?』と技師さんに言われましたが、正直なんでもいい。それどころではないし。

しかし、うつ伏せキツイ 息がしづらい

しばらくすると、

なんだか検査室が慌ただしいので、何事かと思ったら

検査は左胸のがんのはずが

右胸にも小さいがんのようなものがあると

もう、片っぽだろうが両方だろうが同じかもしれないですけど

急遽、両方を検査することに。そんなことあるんだ。

もしかして、左側から右側に転移とか?

それどこか、既に全身が、がんに侵されていたら・・・私どうなっちゃうの

不安に不安が上乗せされた日になり、ますます生きた心地はしませんでした。

告知

ある日仕事が終わってから病院へ。夕方18時くらいになっていました。

検査結果のお話をしていただくと言うことで

病院に向かい、誰もいない待合室で平常心を保とうとひたすら思っていた頃

名前を呼ばれて診察室に入って行きました。

先生は、いきなり、

『実はね、がんが見つかりました』

心の準備をする暇もなかった。

頭の中がふわっとモヤがかかったようになり

それでも、先生のお話はちゃんと聞かねばいけない しっかりしなきゃ

一瞬でどこかに堕ちていくような感覚を覚えました。

ダメだ、集中できない・・・

『左の脇の下に転移が見られます』

『がんの大きさは、約2センチで、ステージは、Ⅱaだね』

ステージ2か でもまだ検査もしなきゃだし、もっと酷い可能性もあるかも

『右側は、約1センチで、脇の下の転移はなさそうだね』

『先生、それは左から右へ転移したと言うことですか?』

そうではなく、左と右のがん細胞の違いも教えてもらいました(後で細胞を調べたら、右の方が若干悪性度が強め)

そうとなると、敵の所在と敵の情報を調べないといけない。

次回はマンモトーム検査をするよって、お医者さんにサラッと言われた。

診察室を出て、会計待ちの時間

受付には若い男の人が二人 もう夜なので、辺りには誰もいない状態

逡巡としている自分 でも無意識にまず電話をかけたのは

保険屋さんでした・・こんな時でも、こんな時だからこそお金のことを考えちゃいますよね。

医療保険に入っているので、色々確認。

がんになったことで、毎月の支払いはしなくて良くなりました。

あとは、手術や入院になった時どうしたらいいのか。

保険の話は、また別で書きますね。

その次に電話をかけたのは娘にでした。

多分ショックは受けたんだろうと思いますが、気丈に励ましてくれました。

娘はこの時も何年経っても、一度も不安を口にすることはありませんでした。強い子です。

そうだ、やれることは一つずつやるんだ。

その日から一週間程は食欲があまり出ず でも負けるもんか。

明日には、上司とあと仕事に関係する人達には伝えよう 休みも取らなきゃいけなくなる

よし、寝よう

放置してその後の検査

結局、ちゃんと病院に行ったのは、その4ヶ月後。

毎朝に妙な付着物があるのか確認。付着の無い日もあり、うーん・・・大丈夫、かな?の繰り返し

しかし

ある日のお風呂上がり

ふと自分の姿を鏡で見ると

え・・・何これ

明らかに左の乳首が凹んで胸全体が垂れておかしくなっていました。

え?え?え?

どうしよう、どう考えても、変やろこれ。

年末だったこともあり、年明けしてしばらくしてから、病院に行きました

なんだか何も考えられない状態での検査。

マンモグラフィーで胸を挟めば乳首から赤い液体が滲んでくる。

ただただ恐ろしく。

エコーの時は、ついつい技師さんに『異常がありますか?』なんて聞いてしまった。当然ながら、『私がらお答えは出来ないんです。すみません。』と言われました。

もう不安しかありませんでした。

生きた心地がしないって言うのが心情として近いかもしれません。

こわくてこわくて仕方ないのに、全てのことが淡々と行われていきます。

自分の体に異変を感じた日

2017年某日。

朝起きて胸の辺りが冷たく感じて

なんだ?と思い下着を見ると

両胸の先端の場所に何かが付着していました

なんだろう?と思い、その付着した体液のような物をじっと見ていると

透明のような、少し黄色っぽいような色

なんだろこれ。気持ち悪い。

今思えばどう考えてもおかしいのに、自分の体のことなのに

すぐ病院に行くべきだったのに😰

当時職場で人間関係の悩みがあり、休んだら嫌みを言われそうで怖くてそのまま。

そんな時期でした。休暇をすぐ取るべきだったのに。

急に不安を感じて胸にしこりや硬いものが無いかな?と押してみると、特に分からず。

もしかしたらと思いつつ、きっと大丈夫だろうと思ってしまった。

あの時はきっと悩みが大きすぎて冷静ではなかったのだろうけど😞

その一年前に、人間ドックのマンモでC判定だったのにも関わらずです😨

その時点では様子見となっていました。

結局病院に行ったのは、4ヶ月くらい後でした。

そこから始まった私の検査であったことや治療生活であったことをお届けしていきたいと思います。

本日から始めました

皆様も、暑気当たりにはご注意くださいませ🍧

8年前最初に乳がんだと告知されて怒涛の毎日でしたが、2年も過ぎると段々と気持ちも落ち着き始め、心にも少し余裕も生まれ、生きることの意味をしみじみと感じております。

そして、その思いを誰かに伝えられたら・・・と思うようになりました

なので、今後の目標として、

今どんな毎日を送っているのか

今何に不具合を感じているのか

病院でどんな検査をしているのか

などなど、過ぎ去った記憶もたくさんありますが、生きていて本当に良かったなありがたいなと思うことも書いていけたらいいなと思っています🍀

拙い文面でお見苦しいところもあるとは思いますが、どうぞよろしくお願いいたします🙇‍♀️